泡沫の龍騎士 6話

「俺っちは、あの村から徒歩で数十分くらいのところで、一人小屋暮らしをしてたんだ。十年前にアドリア国の兵が奇襲作戦をして、山の南側は火の海になった。俺の住んでた小屋も燃えて、命からがら逃げだした。やっとこさ火のないところまで逃げられたと思ったら、そこにもう一人子供がいた。まあその子供がレアだったんだけどね? もう誰も生き残ってないと思ってたから、たまげたよ」

 最後、苦笑交じりに言うミスト。

「......それで、レアは?」

 ノルヴは、先を急かすように聞く。


「あいつ、怪我でズタボロだったのに、友達を助けてって半狂乱になって叫んでたよ。その友達って、君のことだったんでしょ?」

「......俺は生き残りった俺とレアを狙って来た龍から、レアを逃がしていた。逃がすといっても、逃げようとした俺とレアのうち、俺の方に偶然龍の攻撃がきたってだけだったが......この傷も、その時に負った」

 一切顔を合わせることなく、会話を交わしていく二人。
 そして、自分の右目の周りにある火傷跡に、ノルヴは手を触れた。
 傷を見て、ミストは悲痛な顔になる。

「うわあ、やば......助かったの、奇跡だったんだねえ......レアの話に戻るけど、俺はあいつを保護したあと、二人で山を越えた。山の反対側に、錬金術師達の村があるってのを聞いてたからねぇ。そこで事情を話して、数か月の間そこで生活していたんだ」

 ここでも錬金術師の村が出てきたことに、ノルヴは驚愕した。ミストらが村を訪れたのは、タイミング的に密偵の事件があった直後だろうか。

「それで、軍にはいつ?」

 密偵の件についても聞けそうなことがあるのだが、そうすると話が脱線してしまう。そう考え、入隊の経緯を問うノルヴ。

「俺は元々軍に入るつもりで、燃えた小屋も、暫くしないうちに出て王都に向かうつもりだったんだ。村にずっと厄介になってるわけにもいかなかったから、やっぱ軍に行こうと思ってその事をレアに話した。するとあいつ、自分も軍に入りたいって言ったんだ。死んだお前の為にもって言ってたかな」


 チラリと、目線をノルヴに向けるミスト。
 彼が見たノルヴの横顔からは、葛藤のようなものが伺えた。その内容を、ミストが知る由もないが。

「そして俺とレアは軍に入って、こっちの基地に配属された。君はどうだったの?」

「俺は、師匠......副騎士長ガルドに助けられた。そん時は軍に入って間もない頃だったらしいが、元々の才能なのか、それとも何かあったのか、とんでもなく強かった。彼の元で訓練し、俺も軍に入ったんだ」

「なるほどねえ、君のその強さは、副騎士長直伝のものだったのか」

「さあな。師匠が本部にいたこともあって、俺は本部配属になった。そしてこの十年間、沿岸基地でレアに出会う事は無かった」

 語り終え、ノルヴは資料を閉じる。そして、また別の資料に手を伸ばした。
 ミストは嘆息する。

「難儀というか、運命の悪戯というか......それにしても、随分無表情になったんだねぇ」

 棚の資料を掴んだまま動きを止めるノルヴ。

「俺っちがレアから聞かされてたノルヴは、溌剌とした、ちょいとやんちゃな少年って感じだったよぉ? どうして?」

 ミストの返答は、やはりノルヴを挑発するようなものだった。
 ノルヴは、たっぷり十数秒沈黙した後、口を開く。

「......さあな」

 脱力するように、ミストは溜息をついた。直後資料に目を落とすと、不意に眉をひそめる。

「うん?」

 突拍子もなく発せられた声に、ノルヴが反応した。ミストの目線を追って、彼の持つ資料に目を落とす。
 ミストが手にしていたのは、王都に移住した者を纏めた資料だった。
 そこに書かれている名前を見て、ノルヴは目を見張る。

「これ借りるぞ」

 ミストの手から資料を奪い、ノルヴは慌てて部屋を出ていった。
 何事かと声をかけようとしたミストだが、扉が閉じる音に遮られる。

――

「ええっ! 今からですか?」

「命令を無視する形になってしまってすみません。ただ、これについては俺が直接......」

「わかりました......あまり話を大きくすると、密偵の特定に影響がでます。以降貴方にも調査を一任する形になりますが、いいですか?」

「承知の上です。というか、元々巻き込まれているようなものですから。では」

 ノルヴとの通信は、そこで切られた。
 暫(しば)く資料を漁り、一旦自室に戻って来ていたレリスのもとに、彼からの連絡が入ったのだ。内容は、密偵に関すると思われるな情報を手に入れ、それを確認する為本部に向かっている、というものだった。
 椅子に座ると、レリスは額に手をやり溜息をつく。
 自分が探した中では、そのような手がかりは見つけられなかった。しかしノルヴは、同じ資料が保管されている沿岸基地の資料室で何かを見つけた。二人とも、探していたのは十年前の資料。量が多いとはいえ数時間もあれば余裕で見切れるものだ。何故自分は発見できなかったのか。
 そんな疑念が、レリスの頭に浮かんでいた。

隠蔽工作の可能性......」

 思い至った考えを、思わず口にするレリス。そして自らの言葉を聞き、自嘲気味に笑みを浮かべた。

「大失態ですね......」

 密偵に関する一連の情報は、悉くが軍の失態を語っている。諸国との戦闘など国の外に目を向け過ぎ、そう遠くない場所の異変を完全に見逃した。そしてノルヴが齎した情報は、その失態に拍車をかけるものである。
 少しの間俯いていたレリスは、立ち上がって部屋を出た。向かう先は、先ほどまで居た資料室だ。

――

 龍の出せる最高速度で、ノルヴは南へと向けて飛んでいた。その顔には焦燥が色濃く浮かんでいる。
 ノルヴが見た資料に載っていたのは、彼の師であり、帝国軍副騎士長でもあるガルドの名前だった。そして彼の出身として記されていたのが、南鉱山錬金術村。
 十年の付き合いの中で、ノルヴはそんな事を全く聞いた事がない。
 錬金術師達は、その生活を研究に捧げる為に村をつくっている。つまり村人は総じて錬金術師なのだが、ガルドが錬金術師などという様子はまるでなかった。

 そこから、最悪のシナリオがノルヴの脳裏を過ったのは、言うまでもない。

 思わず、ノルヴは唇を噛んだ。

 一時間後、彼は帝国軍本部に帰着した。
 迎えるのは、騎士長レリスただ一人。

「騎士長、師匠は今どこに?」

 龍から降りるのももどかしいといった感じで、ノルヴはレリスに問う。
 しかしレリスは、沈んだ表情で首を横に振った。

「貴方からの連絡を受けて、すぐに彼を捜索しました。しかし、どこかに隠れているのか、それとも既に逃亡しているのか......」

 ノルヴは歯噛みする。

「国境の警備は、どうなってるんですか?」

「既に通達してあります。身元が確実な商人以外、誰もこの国に出入りさせません」

 その後、二人は押し黙った。
 するとその時、離着陸場に新たな人影が現れる。

「騎士長!」

 大声で呼ばれたレリスは、顔を上げた。
 見ると、アドウェルがこちらに向けて走り寄ってきている。

「ガルド副騎士長が、先程一人で訓練場に......」

 彼がそう言った途端、ノルヴは走りだした。
 状況がよくわかっていないアドウェルは、そんなノルヴを不審そうに見やる。

「あの男、何を?」

「後で話します」

 アドウェルの問いを流し、レリスは彼に背を向けた。