短編 Before the Arcadia

 授業終了のチャイム。瞬く間に広がる騒めき。教師が部屋を出た。少し傾いた午後の陽が射す。
「なあ藤眞。昨日アッシュグレイの発表あったけど、見たか?」
 裕也はすぐに教室の隅に行った。荷物を纏める藤眞がいる。彼の前の席に、後ろ向きで座った。
 顔を上げる藤眞。その目端には教室を出ていくクラスメイトの姿が映った。各々部活の道具を持っている。
「見たけど、今その話してて大丈夫なの? 部活でしょ?」
 一応サッカー部キャプテンでしょ、と付け加えた。
 裕也はヒラヒラと手を振って見せる。
「大丈夫。今日はオフだ。こんな日に練習なんざしてられねよ」
 へらりと笑った。
 あっという間に、藤眞の目線の湿度があがる。
「また職権乱用? 良くないでしょ。サッカー部ってそんなに緩いイメージないんだけど」
 そして荷物を纏める手を止めた。鞄を机から降ろす。
 しかし苦言を意に介さない裕也。
 何故私情――主にゲームやアニメ――を優先する彼が求心力を持つのか、藤眞には理解できなかった。
「大丈夫だって。その辺はちゃんと考えてあるから」
 どこが、という一言が藤眞の目線に乗る。
 得意げに親指を自分に向けている裕也。
 藤眞は溜息を吐いた。
「それよりも――」
 話を続けるサッカー部キャプテン。
「アッシュグレイの情報だよ」
 同時にスマホを取り出す。
 友人を呆れたように見る藤眞。少し揶揄ってやろうかと考えた。
「その情報なら、昨日仕入れてたよ」
「それどうこ……」
 どういうことだ、と聞こうとしたらしい。その時身を乗り出した。背もたれに体重が乗った椅子が斜めに傾く。
 額が机に激突する音。藤眞の机の上で伸びる裕也。
「だ、大丈夫?」
 事故である。
 裕也は何とか起き上がり、藤眞に応えた。前髪から覗く額が赤くなっている。
「……で、どういうことなんだ」
 まだ尾を引く痛みに耐えている様子だ。
 気を取り直す藤眞。得意げな顔になる。
「親のコネ。ソフト込みで本体も貰えるらしいから、発売されたらやろうよ」
 裕也の目が一層輝くのを見た。
 直後、裕也は藤眞の額を突く。
「この御曹司」
「いやあそれほどでも。御曹司じゃないけど。……未公開の情報も手に入れてきたけど、聞く?」
 藤眞もスマホを取り出した。未公開の情報はそこにメモしている。
「もちろん」
 期待に満ちた声。
 いつの間にか教室には誰もいない。二人の談笑だけがそこにあった。
「おーけー。アッシュグレイの基礎情報は昨日の発表の通り。聞き出したのはローンチの情報ね」
 マジか、と裕也は声を上ずらせる。
 明らかに吹聴すべき内容ではない。しかし二人とも歯止めをかける気が無い。
「ローンチの中から一つ、本体と一緒に貰えることになってるんだけど――」
 藤眞は声のボリュームを下げる。
 互いに顔を近づけた。
「一つ気になってるのが、Arcadia(アルカディア) SeAL(シール) って奴でね……」